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COLUMN シーンの中にいる人たちの言葉

STAY CRAZY/FOREVER LOVE

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村上友哉(明日、照らす/さよならパリス)

明日、照らすとさよならパリスで9割作詞作曲をし、ギターを弾きながら歌を歌う人。夢は「ミュージシャン初、デラべっぴんでコラムを連載する事」だったが、雑誌の廃刊に伴い、新しい夢を模索している途中との事。

2017.4.1

エド・ウッド/村上友哉(明日、照らす)

〜史上最低の映画監督エド・ウッドと、
それよりヒドいキワモノ見世物映画の
すべてを網羅した
日本最初のガラクタ映画大全集〜(1995年)

はじめに
エド・ウッドなんてマシなほうだ!

映画生誕百年?
どうせまたマリリン・モンローとか
チャップリンだろ、ケッ。
なーんてツバを吐いていたら、
“映画史上最低の監督”
『エド・ウッド』の日本上陸だ。
こりゃめでたい。
というわけで、
エド・ウッドと、
彼が一生を捧げた
「エクスプロイテーション映画」についての本だ。
だけど、
「エクスプロイテーション」というと、
どっかのバカがまたオシャレなモノとカン違いしそうなので、
ここではあえて「サイテー映画」と呼んでみた。
何が最低かって、
まず作り手の意識が最低。
なにしろ、
Exploitってのは
「頭の悪い奴から金を搾り取る」という意味だ。
(中略)
この百年間に全世界で作られた映画の99.9%は
「サイテー映画」なのだ。
「映画が好き」と言ってる奴らのほとんどが
最上段の「イイ映画」だけしか見ていない。
丘の上の名所しか見ない観光客と同じだ。
眼下に広がる巨大なスラムを見てから言え!

町山智浩

何年か前、
たまたまBOOK OFF熱田店で手にした
この本をここまで立ち読みして、
僕は何度も吹き出しそうになるのを
グッとこらえていた。
こんな言葉使いで、
ここまで人をこき下ろしている本が
出版社から発売されて、
この世の中に存在していることが信じられなかった。
当時はエド・ウッドが誰かすらも
全く分からなかったが、
そんなことはもうどうでも良かった。
ただこの本の世界観に触れたくて、
ここまで言われてしまう
エド・ウッドが何者なのか知りたくて、
そのままレジへと向かった。

エド・ウッド。
世界最低の映画監督として、
今でもカルト的な人気を誇る映画監督。
才能もなく技術もない上に
お金も全くないが
ムダに女装癖があり、
何よりも自分は世界最高の映画監督だと信じてやまないエド・ウッド。
確かに彼が監督した世界最低映画として名高い
『プラン9・フロム・アウタースペース』(1959年公開)
を初めて観た時は
本当に自分の頭がおかしくなったのかと思った。
元々、
『プラン9』は
エド・ウッドの知り合いの中で
もっとも著名な俳優であり、
友人だった
ベラ・ルゴシと違う映画用に撮っていたフィルムが
ベラ・ルゴシが死んだことで余った際、
「これを使って、
『ベラ・ルゴシ 最後の作品』
として売り出したらヒットするんじゃないか?」
という思いつきから、
なぜか
「宇宙人が墓場から死者を蘇らせ、地球人を襲う」
というよく分からないストーリーを考え出し、
仲間を集め、
住んでいた家の大家を出資者として
お金を巻き上げて、
映画の撮影を始めた。
そんなきっかけでできた映画なので、
撮影時間の都合で
何の説明もなく
シーンの途中から昼と夜が切り替わったり、
一応SF映画になるが
円盤や墓石などの小道具は全て段ボールで、
何よりも酷いのは
ストーリーとして必要だった
ベラ・ルゴシの追加シーンに代役を立てたが、
それが別人なのが丸わかりで、
この本を読まずに観たら、
ストーリーも含め、
この同じ役を違う俳優がやっている意味が分からず、
序盤で観るのを断念していたくらいの出来栄えだった。
オーソン・ウェルズに憧れ、
彼の真似なのか、
金銭的な問題か、
製作、監督、脚本の全てを彼が一人で担った
エド・ウッドの作品は
基本的に
ストーリーが破綻しており、
カット割りも酷く、
映画として全く面白くない。
それでもなぜか
エド・ウッドの関連の作品は一時期よく観ていた。
『怪物の花嫁』
『グレンかグレンダ』
『死霊の盆踊り』
もちろん観ても
「酷い映画だなあ。」
と一人でゲラゲラ笑うだけで、
少しも面白いとは思えなかったが、
作品にはどこか憎めない
映画に対する情熱と愛情が感じられたので
好きだった。
エド・ウッドは
幼い頃から16ミリカメラで
自主映画を撮るほど
とにかく映画が好きで、
「自分もいつか最高傑作を作るんだ」
という情熱だけはいつでも持っていた。
ただ残念なことに
彼には才能と技術が足りず、
生前評価されることは一度もなかった。
しかし
没後、
彼の再評価に一役買ったのは、
まさかの
『シザー・ハンズ』や
『アリス・イン・ワンダーランド』
などの作品で有名なティム・バートンで
こんなトホホなエド・ウッドの生涯を
映画『エド・ウッド』
としてジョニー・デップ主演で製作し、
見事エド・ウッドの名を
世界中の人達に知らしめることに成功した。
ティム・バートンは
『エド・ウッド』についてのインタビューで
「エド・ウッドはアメリカでは
一種のカルトな存在になっている。
みんなそれを観てはゲラゲラ笑う。
たしかにすごいし、
おかしいんだけれど、
それでも彼には歪んだ詩みたいなものがある。
だからぼくはできるだけ彼を笑いものにはしないようにしたんだ。
ある意味では彼を理解できる。
(中略)
ぼくは彼にすごく近いものを感じている。
成功と失敗のあいだ、
才能と無能のあいだにはほんの僅かな差しかないんだから。
そのどちらに転ぶかは、
みんなが思っているよりずっと僅かな差なんだ。」
と語っていた通り、
ティム・バートン自身が
自分も元々は監督を志した一人の人間として
エド・ウッドを通して、
映画監督と夢について
振り返っているような内容だったのが印象的だった。
映画『エド・ウッド』のラストシーン、
周りからあれこれと口出しをされ、
映画の撮影に煮詰まったエド・ウッドが
撮影所を抜け出し、
とりあえず駆け込んだバーで、
彼をここまで映画に取り憑かせた張本人である
オーソン・ウェルズにたまたま出会う。
オーソン・ウェルズはもちろん彼のことは知らない。
彼は自分が大ファンであることを告げ、
今の現状を話し、
オーソン・ウェルズに助言を求めると
「夢のためなら戦え。
他人の夢を撮ってどうなる?」
とアドバイスされ、
彼はまた目を輝かせながら撮影所へと帰っていった。
この映画は
基本的にはノンフィクションで
僕が読んだ
『エド・ウッド 〜史上最低の映画監督〜』(1995年)
に出てくるエピソードが
割と忠実に再現されていたが、
このシーンだけは実際には全くなく、
完全なフィクションではあったが、
たとえフィクションの中であっても
エド・ウッドにオーソン・ウェルズを会わせてあげたかった
そんなティム・バートンの心意気には思わず涙が出そうになった。
もしかしたら
彼は才能や技術には恵まれなかったが、
世界中の映画監督の誰よりも
人として愛される才能を持っていたのかも知れない。

話は少し変わるが、
エド・ウッドをはじめ、
映画監督なら
ロジャー・コーマンや
ロイド・カウフマンもそうだが、
小説家なら
チャールズ・ブコウスキー、
ハンター・S・トンプソン、
日本だと
山田かまちや鈴木いづみのような
そういうヤバイ人たちに出会うと訳もなく嬉しくなる。
自分がなりたかった
狂人ギリギリの感覚と
表現への歪んだ情熱と愛情を持ち、
常識を脱した生き方を貫いた人たちに出会うと
いつでも年甲斐もなくワクワクしてくる。
いつでも僕は彼らのような存在を探してる。
だから
最近では
僕はサブカルチャーが好きなのではなく、
彼らのような存在が
音楽や映画、小説の中では
いくつもの年月を越え、
どこかの時代の誰かがちゃんと見つけられるように
色あせることなく生きていてくれているから
好きなんだと思っている。

人からよく
「なんでそんなこと知ってるの?」
だったり、
「なんでそんな音楽聴いてて明日、照らすやってるの?」
と言われることがある。
正直、
興味がないことは知らないことの方が多いし、
もし仮に詳しかったとしても
自分では
「広く浅いだけで中身はない」
と本音では思っている。
狂人に憧れただけのただの凡人が
特出した個性がない分、
知識で武装しているだけなので、
「浅はかだなあ。」
と自分でもよく思う。
ただ1つ誇れるものがあるとするならば、
情熱や愛情だけは常に持ち続けてきた。
好きになった監督、俳優、女優がいたら、
世に出た作品を軒並み観てみたり、
彼らが影響を受けた作品や役者がいるのであれば、
知った時点でそれも必ず見るし、
原作も読んで映画と見比べたりもする。
好きになったアーティストがいたら、
そのリリースされた作品を順番に一通り聴き、
中でも特に好きな作品があれば、
いくらでもApple Musicで聴けても
お金を出してCDやLPで
ちゃんと新譜で買うようにしている。
アーティストにお金がまわるように
また次に素晴らしい作品を作ってもらえるように
少しでも投資したい。
そういう気持ちだけはいつでも大切にしてきた。

だから
偉そうなことを言うようだが、
サブカルチャーに情熱や愛情を持っていない奴は、
すぐに分かる。
僕の場合はやっている分、
特に音楽についてになるが、
たまに情熱や愛情を全くもって接していない奴がいて、
目に余ることもある。

コレクションしたいのか、
とりあえず名前だけ寄せ集めて
形を整えたいのか知らないが、
あなたですら特に愛情を持ってない相手を
情熱もなく寄せ集めて、
組んで、
とりあえずやらせて、
何がしたいのか俺には全くよく分からない。
本当に俺の音楽を聴いたことある?
それすら疑わしい。
言わせてもらうが、
俺たちはポケモンじゃないんだから。
そこは売れてる、売れてないは関係ない。
そんな人に敬意のない行動は
単純に相手にも伝わる。
だから俺はいつも不快だった。

もし
「音楽に情熱と愛情を持っている」
と言い切るなら、
一回くらいは金払って、
時間作って誰かのライブを観に行け。
基本に戻れよ。
話はそれからだろ。
ただ
申し訳ないが
いつか色あせていくであろう存在に
俺は全く興味はない。

追記
村上友哉コラム『STAY CRAZY/FOREVER LOVE』、
長らくご愛読頂き、ありがとうございました。
このコラムで第1部完とさせて頂きます。
またどこかでお会いできる日を
楽しみにしております。

最後に誘って頂きました
相羽さま、
TRACKs 坪井さまに感謝を込めて。
ありがとうございました。

明日、照らすのインフォメーションはコチラ
http://asstellus.com/

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