COLUMN シーンの中にいる人たちの言葉

STAY CRAZY/FOREVER LOVE

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村上友哉(明日、照らす/さよならパリス)

明日、照らすとさよならパリスで9割作詞作曲をし、ギターを弾きながら歌を歌う人。夢は「ミュージシャン初、デラべっぴんでコラムを連載する事」だったが、雑誌の廃刊に伴い、新しい夢を模索している途中との事。

2016.8.15

渥美清/村上友哉(明日、照らす/さよならパリス)

先日、
何となくケータイを見ると
知らない番号から電話があって、
留守電が入っていた。
歩いていたので着信に気が付かなかった。
とりあえず留守電を聞いてみると
聞き覚えのない女性の声がした。

「〇〇(全国ネットの某テレビ局)の山田(仮名)と申します。
こちら村上友哉様の携帯でお間違いなかったでしょうか?
突然ですが、
今度弊社の特番で『男はつらいよ』特集をやる事になりまして、
もしよければインタビューをお願いできないでしょうか?」

…!!
は!?なんで?しかも僕に!
なんかのドッキリ?

結局、
「いや、ついに俺もここまで来たんだ。
『男はつらいよ』ファンを公言して約10年。
知らない間に噂がテレビ局まで届くようになったんだな。
バンド頑張ってて良かったな。」
とポジティブな意見に落ち着き、
電話を改める。

「もしもし。」

「もしもし。お忙しい中、すいません。」

「あ、すいません、村上です。
お電話頂きまして、ありがとうございます。
ははは、どうもどうも。」

「折り返しありがとうございます。
〇〇の山田と申します。
あの、村上さん以前、
『寅さん記念館』でアンケートにお答え頂きませんでしたか?」

「アンケート?」

「アンケートです。
そこで村上さんが
「年に一回はここに来てる。」って書かれてて。
先日、
弊社で渥美清さんの特集をやることが決まって、
寅さん記念館様よりアンケートをお借りしてきたんですよ。
その中で拝見して是非お話を伺いたいなと。」

なーんだ、別にバンド関係なかったのね。
確かに寅さん記念館には年1くらいでは行っているし、
何なら26歳の誕生日はやることがなさすぎて、
1人で東京まで行き、
帝釈天の前でぶらぶらと歩いて過ごした僕。
言われて思い返せば、
寅さん記念館のオープン何周年記念みたいな月にたまたま行った日、
入口にアンケートがあって、
「書いたらボールペンくらいもらえるのかな。」
と思って書いたような、
書いたと言われたら書いた気もする。
いや、多分書いたな。
ただ多分少なくとも書いてから
3年以上は経っていると思う。

「あー、あのアンケートですか。」

「拝見して、面白いなあと。
だって年齢の欄で
20代に丸が付いてましたけど、
なかなか珍しいですよね。
愛知県在住の20代の方がそこまでハマるなんて。
今おいくつですか?」

「31歳です。」

「え?あれ?」

「多分、
それを書いたの何年か前だと思いますね。
その時は20代だったんだと思います。」

「…ああ、そうなんですか。」

電話越しに明らかに落胆している様子が伝わってくる声のトーン。
多分、
インタビューの構成上、
『20代なのに渥美清ファン』
という程で話をしたかったんだと思うが、
このカミングアウトで
僕に電話を掛けた一番の理由がなくなったので、
おそらく今すぐに電話を切りたかったと思う。
なんだ、
この勝手に持ち上げられ、
勝手に盛り下がられる
「なんかすいません」感。

「でも初めて行った時は20代でしたよ。
確か24か、それくらいでした。」

「お!20代じゃないですか?」

「はい。」

バンドをやっていて、
インタビューを受ける機会はたまにあったので、
会話をしながら、
「ああ、多分今こう答えて欲しいんだろうな。」
というのは何となく分かっていた。
頼りにしていた「20代」というフレーズが出たことにより
山田さんも俄然やる気が出てきたみたいで、
声のトーンにハリが出てきたのを聞いて
ちょっと安心していると
「今お時間少しよろしいですか?」
という前置きの後、
「村上さんが寅さんを見始めたきっかけは?」
と電話でインタビューが始まった。

「知り合いの女の人が教えてくれました。」

「そうなんですか。
ちなみに寅さんは今でも見られたりしてますか?」

「そうですね。たまに見ますよ。」

「どういった時にご覧になりますか?」

「なんか、困った時って言うんですかね。
どうしようかなって思うようなことがあったら、
見てる気がしますね。
寅さんって一作一作テーマがしっかりしてると思うんで、
今の自分に当てはまりそうな作品を選びやすいんですよ。」

最初は
「2.3問聞かれてすぐに終わるだろう。
どうせ何十人かの円グラフの1人だろう。」
と思ったので、
極力簡潔に番組で使ってくれそうなフレーズと
相手の求めているであろう答えを答えようと
してしまったためか、
「困ってることとは?」
「それは寅さんに答えを求めてって感じなんですかね?」
「もうちょっと具体的な例はあったりしますか?
このセリフを聞いて、立ち直れたとか。
このシーンを見て、頑張ろうって思ったとか。」
「お仕事で迷ったりされた時ってどうですか?」
「失礼ですがご結婚は?
まだされてない?
やはりそこも寅さんの影響で?」
と思いの外かなり詳しく聞かれ始めた。
確かに寅さんは好きだし、
全巻持っていて、
『男はつらいよ』パーフェクトガイドブックも持っていれば、
渥美清のベストアルバムまで持っているが、
この電話が掛かってくるつい1分前まで
「晩ご飯なに食べようかな。」
と思っていただけで、
少しも『男はつらいよ』について考えていなかったし、
部屋にいたらDVDを手に取りながら話もできただろうが、
全くその資料もない。
まさにプチパニック。
また僕が影響を受けたのは、
割と寅さんの女性に対する男の見栄みたいなところでもあったのだが、
31歳未婚の男が見ず知らずの女性に
いきなり恋愛観を語るのは
さすがにひかれる可能性が高いと判断し、
その話もできないので、
言われるがまま、
言わされるがまま、
途中までかなりあやふやな話になっていった。
何より基本的に何を話しても
「それは『男はつらいよ』の影響で?」
と聞かれる。
「人生の四六時中、全ての行動を
『男はつらいよ』に影響されてる奴なんか
出演者ぐらいだよ!」
と内心思いながら、
「こっちに会話の主導権がほしいな。」
と仕方がないので説明するのが面倒で
出さないでおこうと思っていたあの話を出した。

「年一回寅さん記念館に行くのは、
やっぱりこう迷われた時とか、
ご自身が答えを求めている時とか、
そんな時なんですか?」

「そういう時もありますけど、
どっちかというとツアーの空き日とかですね。」

「ツアーの空き日?」

「あの、僕、バンドやってるんですよ。」

「バンド?」

「あの、音楽です。」

「…、音楽?」

「YouTubeに『明日、照らす』と入れてくれたら出てくるんで。
漢字で明日と点のあとに照らすで、
明日、照らす。
それで歌ってんのが僕です。」

「やはりそれも『男はつらいよ』の影響で?」

「ははは、
まあ『男はつらいよ』を見て、
「うわ、バンドやりてー!」
ってなった訳じゃないですけど、
受けてますね、かなり。
基本、恋愛の曲なんですけど。」

「へー。後で見てみます。」

ここぞとばかりに
バンドの話を出したところで、
特に話題が広がるわけではなく、
「31歳の未婚で
基本的に売れない恋愛の曲を歌っている男」
という1番不名誉なレッテルが貼られただけで終わった。
最後に
「これ、結構大変だと思いますけど、
今何人目くらいなんですか?」
と聞くと
「村上さんが1人目です。」
と言われた。
今何人目くらいまでインタビューが終わったか分からないが、
全く見ず知らずの人に電話を掛けていって、
いきなり『男はつらいよ』への愛を語らせるという
プロでも事前準備が必要な話題を
僕も含めた素人が電話でうまく話せるとは
到底思えなかった。
ただ山田さんはとても感じがいい方で、
話しやすかったし、
途中から
「話をしていて思ったんですけど、
山田さんもインタビューを始めるにあたって、
何作品か観られた感じですよね?
逆にどう思われましたか?」
と逆インタビューをしたりできて、
楽しい時間だった。

「本当は寅さんみたいに生きたいのに
現実はなかなかそうはうまくはいかないじゃないですか?
考えてることと
やってることの差みたいなものなんですかね。
村上さんにそのジレンマみたいなものはあったりされますか?」

「どうなんですかね。
でも多分、
やりたいことの中でもやりたくないこともあるし、
やりたくないと思っていたことの中に
やりたいことを見つけたりするじゃないですか?
山田さんもそうじゃないですか?」

「うわ、村上さん、良いことも言いますね。
本当にそう。」

「ははは、みんなそうだと思いますよ。
例えば渥美清さんだって、
『あゝ声なき友』って映画があるんですけど。」

「すいません、勉強不足で、知らないです。」

「多分、
そんな有名じゃないんで知らない人の方が多いと思います。
この作品、
『男はつらいよ』をやっていた時に
渥美さんが原作に惚れ込んで
渥美清プロっていう会社まで作って、
主演で作った映画なんですけど、
当時『男はつらいよ』のイメージが強すぎて、
あんまりヒットしなかったらしいんですよ。
確かにむちゃくちゃに暗い戦争映画だったんで。
多分、
当時お客さんが渥美さんに求めてたのは、
そこじゃなかったんでしょうね。
『男はつらいよ』だけやってれば、
別にお金にだってなるだろうし、
あの時この映画を
わざわざやる必要なかったと思うんですけど、
多分そんなのは関係なく、
渥美さんは寅さんの印象を捨ててでも
これがやりたかったんですよ。
実際は渥美さん自身も国内じゃなくて、
海外旅行が趣味だったみたいだし。
なんか『男はつらいよ』やってる渥美さんがそうだったんだから、
現実って結局、
そんなもんなんじゃないかなとは思いますけどね。」

23歳の時に『男はつらいよ』に出会い、
一ヶ月くらいで
シリーズ全48作を見終えた後、
渥美清の名がついてる映画を軒並み観ていた。
その中で出会ったのが、
『あゝ声なき友』だった。
主人公である西山(渥美清)が
戦地へ向かう途中で病気になり、
部隊から外され帰国することになった。
病院にお見舞いに来た
部隊の仲間たちから
「日本に帰って渡してくれ。」
と手紙を受け取ったが、
西山が日本に着く前に
手紙を受け取った部隊が全滅したことを知った。
そして
西山は日本に帰り、
生活が少し落ち着いたところで
自身の手でその手紙を送り主の元に1人で配り歩き始める。
この映画はそんな
手紙一枚一枚の短いドラマで構成された
戦争映画ではあったが、
舞台は戦地ではなく、
戦後間もない日本という
戦争を戦場以外の角度から見ていることが
この映画の最大の特徴だと思う。
今までの彼が出ていた
『男はつらいよ』を始め、
『白昼堂々』や『喜劇急行列車』シリーズのように
コメディ作品とは一線を引き、
彼が主演した同じ戦争映画である
『拝啓天皇陛下様』よりも
本当に笑いどころは一切なく、
ただ淡々と物語は進行していく。
基本的にみんな手紙を受け取っても
いいことはない。
それが分かっているのか、
受け取ってもあまりいい顔をしない。
戦争が終わって、
今更受け取るその手紙の中に
いい話がある気がしないので、
できる限り忘れてしまいたい。
もう亡くなってしまったあの人を
むやみやたらに思い出したくない。
そっとしておいてほしい。
戦後すぐに
急速なスピードで日本は変わっていた。
もう戦争は過去の出来事と言わんばかりに
新しい暮らしの中に
人々は暮らし始めていた。
その世間との温度差に耐え切れず、
西山も何度か手紙の配達を辞めようかと思ったが、
これが戦友への供養であり、
生き残った人間としての義務だと心に決めていたので、
周りから何と言われようが
ただ黙って黙々と手紙を配り歩いた。
戦争から8年経ち、
最後の手紙を渡した相手の送り主(百瀬)は生きていた。
奇跡的にあの部隊で1人だけ生き残っていた。
久々の再会で、
2人で飲み屋に入り、
西山がこれまでのこと、
そして
遺書の配達をしていたことを話すと
「そんなことをしたってムダだ。
今更、それが何になるんだ?」
と百瀬から一喝される。
ここでついに
それまで多くを語らなかった西山が
心の中にあった葛藤を激昂しながら吐露した。

「おまえは馬鹿だ!
戦争へ行ったものは馬鹿を見たままでいいと言うのか!
怒ったのか?
そうだ、俺たちは怒っていいんだ。
俺は今その事に思い当たった。
俺がなぜ貧乏を続けながら、
8年もの間、
遺書の配達をせずにおれなかったか。
それは怒りだったんだ。
俺は今その事に気がついた。」

突如、
渥美清自身の顔がアップになり、
スクリーンに向かって話しかけるような演出が
さらに言葉のメッセージ性を強め、
この言葉を聞いた時、
目の前が真っ白になるような衝撃に胸を打たれた。
今から70年以上前、
どこかの誰かが始めた戦争に
選択の余地もなく駆り出され、
今の僕よりももっと若かった多くの若者たちの尊い命が失われた。
しかもそれは会ったことも
話したこともなければ、
何の恨みもない
またどこかの国の若者を殺すために。
もしかしたら
殺した誰かと仲良くなれたかもしれない。
もしかしたら
殺された誰かと楽しく音楽や映画の話で語り合えたかもしれない。
戦争に擦りもしていない世代が言うのは
おこがましいかもしれないが、
こんなことどう考えたっておかしい。
それについて誰も不満や不平を唱えないのも
絶対におかしい。
でもこの映画がヒットしなかったのは、
手紙を渡す側ではなく、
受け取る側の気持ちの理解者が多かったからなんだろう。
その気持ちも分かる。
嫌な思い出や苦しかった日々を
わざわざ思い出すくらいなら、
目の前の楽しい映画で笑っていたい。
そう考えるのも絶対に普通だと思う。
どちらの気持ちも分かる。
そんなお互いの気持ちを思うたびに
身が引き裂かれそうなほど息苦しくなる。

戦争はしたくない。
人殺しはしたくない。
憲法9条は変えたくない。
今のままでここまで来たのだから、
今のままでこのまま行きたい。
だけど
今それはこの国だけの問題じゃなくなってる気もする。
いつどこから爆弾が飛んできてもおかしくない状況で、
改憲しないのは
もしかすると理想論にしかならないのかもしれない。
どこからか爆弾が飛んできて、
この国の誰かが傷つけられた時、
結局は他の誰かにお金や武器を渡して
仕返ししてもらうことが正しいことだとも
思えない。
僕らは誰も傷つきたくないから、
これを使って皆さんが変わりに傷ついてくださいが、
改憲をしない意見への正しさだとはやっぱり思えない。
そんなのただ自分が可愛いだけじゃないか。
だけど
ここで改憲をして、
世界中からファイティングポーズだと思われたくない。
そもそも
みんなが必要以上に欲しがらなくなければ
きっと戦争なんかしなくていいはずなのに、
どうしてそれが許されないんだろう。

「渥美清さんなら
今ここで誰の名前を書いたんだろうか。」

あの日、
投票所で鉛筆を握りしめながら
小さく区切られた小部屋の中で
1人そう思っていた。

追記
ここでは紹介していませんが、
『ゆきゆきて、神軍』
『日本鬼子(リーベンクイズ)』
『靖国』
もまた強烈な戦争ドキュメンタリー映画だったので、
興味がある方にはいいかもしれません。
ドキュメンタリーを観る時にいつも気をつけているのは、
1つの作品だけではなく、
似たようなジャンルの作品も何作か観るようにしています。
立場が違えば視点が違うし、
意見も違うから。
誰か悪人を見つけたい訳でもないし、
自分たちが被害者だと思いたい訳でもない。
ただ純粋に事実が知りたい。
『靖国』については
監督は中国の方だったので、
賛否両論あるみたいですが、
僕は観て良かったと思っています。

戦争にかすりもしない世代がいうことではないかも知れませんが、
二度とあのような悲劇が繰り返されませんように。

明日、照らすのインフォメーションはコチラ
http://asstellus.com/

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